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阿部千春です。ドイツから徒然草をお届けしています。

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12月4日( 月 )  バッハ・クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ全6曲演奏会

阿部千春 ( バロックヴァイオリン ) と大井浩明 ( チェンバロ ) の全曲演奏シリーズ、今回はヨハン・セバスティアン・バッハのクラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ6曲です。 モーツァルトのクラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ全曲、17世紀イタリアヴァイオリン音楽集、そして昨年暮れのビーバーのロザリオのソナタ全曲に続いての企画です。 バッハはチェンバロとヴァイオリンという二つの楽器の組み合わせを最大に生かし、様々なスタイルを用いてこのチクルスを完成させました。 その幅の広い魅力をお楽しみ頂けたらと思います。

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685 – 1750) : クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ BWV1014 - 1019

第1番 ロ短調 BWV1014 [全4楽章]

  Adagio - Allegro - Andante - Allegro

第2番 イ長調 BWV1015 [全4楽章]

  (Dolce) - Allegro - Andante un poco - Presto

第3番 ホ長調 BWV1016 [全4楽章]

  Adagio - Allegro - Adagio ma non tanto - Allegro

 (休憩)

第4番 ハ短調 BWV1017 [全4楽章]

  Largo - Allegro - Adagio - Allegro

第5番 ヘ短調 BWV1018 [全4楽章]

  (Lamento) - Allegro - Adagio - Vivace

第6番 ト長調 BWV1019 (最終版) [全5楽章]

  Allegro - Largo - Allegro - Adagio - Allegro

2017年12月4日(月) 18時30分開演(18時開場)

一般5000円/学生4000円

【お問い合わせ】 

matsukiart@nifty.com tel 03-5353-6937(松木アートオフィス、火~日/10~17時)

曲目解説

曲集の成立・出典

 Johann Sebastian Bach ヨハン・セバスティアン・バッハ( 1685 – 1750 ) の " クラヴィーアとヴァ イオリンのためのソナタ " 6 曲は、ケーテン時代 ( 1717 – 1723 ) の終わり頃、1720 年以降にチクルス としてまとめられたと考えられています。ヴァイマール時代から少しずつ書き溜めていたと見られ、ラ イプツィヒに移ってからも ( 1723 - )手を加えていったようです。宮廷での演奏、ライプツィヒではコ レギウム・ムジクムでも活用されていたかと思われます。 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1001 - 1006 には自筆譜が残っており 1720 年という年代が記されていますが、このソナタ集 BWV1014 - 1019 には自筆譜が残っていません。バッハ自身、また彼の相続者が管理に疎かったこともあり、19 世紀半ばまでに室内楽のかなりの自筆 譜が紛失しました。  1802 年に出版された Johann Nicolaus Forkel ヨハン・ニコラウス・フォルケル ( 1749 – 1817 ) に よる最初のバッハ伝にはこのような記述があります。 「 この6曲はケーテン時代に完成された。彼の この分野における最初のマイスター作品と言えるだろう。作品集を通してフーガ的技法が使われており、クラヴィーアとヴァイオリンとの間でのカノンは歌唱的で性格に富んでいる。ヴァイオリンパート にはプロ的技術が要求される。バッハはこの両方の楽器の技術的・音楽的可能性を熟知していた。」

 ヴァイマール ( 1708 – 1717 ) では 1714 年からコンサートマスターとして任命されたこともある バッハは、当時オルガンの大家として有名でしたが、ヴァイオリン / ヴィオラの演奏にも精通していま した。当時、通奏低音のレッスンでは先生がヴァイオリンで旋律を担当し生徒が伴奏していくという形 がスタンダードだったと言われています。バッハがこの6曲の演奏に際して、ヴァイオリンパートを受 け持ったことも十分考えられます。

 現存するもっとも古い出典は、1725 年頃のバッハ本人と当時ライプツィヒ・トマス学校で学んでい た甥の Johann Heinrich Bach ヨハン・ハインリヒ・バッハ の手で書かれたチェンバロ譜で、ベルリン 国立図書館に保管されています。この楽譜と一緒に保管されているヴァイオリンパート譜は、その数年 後にブラウンシュヴァイクの宮廷音楽家 Georg Heinrich Ludwig Schwaberg ゲオルク・ハインリヒ・ ルードヴィヒ・シュヴァーベルク ( 1696 – 1772 ) がライプツィヒ滞在の折に紛失した譜の代わりとし て書いたものです。

 バッハの次男 Carl Philipp Emanuel Bach カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ ( 1714 – 1788 ) が 1774 年に記しています。「 6 曲のこのクラヴィーアトリオは敬愛なる父の作品の中でも特筆に値する仕事である。50 年を隔ててなお素晴らしい作品と言える。」 彼は、父ヨハン・セバスティアンがこのチクルスを作曲した当時非常に斬新な手法だったチェンバロの オブリガート楽器としての室内楽での使用 ( チェンバロはそれまでは室内楽において通奏低音楽器とし ての扱いが普通だった )、音楽的内容の質、そして緩徐楽章における歌唱的な技法を高く評価していま す。自身このスタイルを「旋律楽器とチェンバロのためのトリオ」と分類、同じ手法での作品を残して います。

 この手法は伝統的なトリオソナタの編成 ( 2 つの上声と通奏低音 ) をヴァイオリンとチェンバロに振 り分けたもので、6 曲のソナタの大半がこの形をとっています。この手法には経済的効果もあり、腕の 立つ2人の奏者によっての演奏は、同じ演奏効果をより少ないリハーサルによって可能にするものでし た。また、バッハが活躍したドイツ・チューリンゲン / ザクセン / ベルリン地方で作られていたチェン バロは特に高音において音の伸びがよく、ヴァイオリンとの旋律的掛け合いの効果を狙うことができ たと見られます。マニュアル指定が後の版にもないため、1 段鍵盤の比較的小さい楽器を使ったことも 考えられます。

 さらにこの編成での利点は、通奏低音の和声的なぶ厚い層が削減されることを通して全体の響きが 軽くなり、対位法の構造がよりはっきりする点にあります。また、一つの旋律をチェンバロが担当する ことで、2 つの旋律楽器を用いた伝統的なトリオソナタ形式よりも旋律が絡み合い、より軽快さ、リズ ム / 構成の明確さを生み出します。

バロック時代におけるソナタの誕生と発展

 器楽曲という分野は 17 世紀を通して大きな発展を遂げました。ルネサンス時代、主に声楽ポリフォ ニーが教会・宮廷において芸術音楽として演奏され、高い水準の対位法技法が確立させます。1600 年 頃、その複雑な構造とは違う、歌詞を簡潔な形で聞き手に伝えるモノディーの運動がイタリア・フィレ ンツェで興り、通奏低音という演奏習慣が確立されます。この頃機能が改良され性能が向上してきた楽 器を用いての楽曲にも、このモノディー様式・通奏低音の習慣の影響が見られるようになりまし た。Michael Praetorius ミヒャエル・プレトリウス ( 1571 – 1621 ) の著書、Syntagma musicum 音楽 大全 ( 1619 ) にソナタについての記述が見られます。「Sonata ソナタという語は Canzonen カン ツォーネと同様、人の声ではなく、楽器を用いて演奏される曲に使われる。ただしこの二つの語には 違いがある : ソナタは重々しく荘厳なモテットの様式で作曲される。一方カンツォーネは細かい音を用 いた、新鮮で軽快、そして速い楽曲である。」

 特にヴァイオリンという楽器はその音域の広さと自由な表現の可能性とで、器楽の歴史上、大きな役割を担いました。器楽という意味で使われていたソナタという語は、次第に決まった形式を指すように なります。1700 年に出版された Arcangelo Corelli アルカンジェロ・コレルリ ( 1653 – 1713 ) のヴァ イオリンソナタ集作品5は 18 世紀を通して全ヨーロッパに大流行した作品集です。この作品5は前半 6 曲が教会ソナタ、後半 5 曲 ( 最後の 12 番はラ・フォリアの主題による変奏曲 ) は室内ソナタの形式 が用いられています。

 教会ソナタ・室内ソナタの概念が定着したのは 18 世紀に入ってからです。Sébastien de Brossard セバスティアン・ド・ブロサール ( 1655 – 1730 ) の音楽辞典 ( 1703 ) には次のようにあります。「教会 ソナタは教会という場にふさわしく荘厳な楽章で始まり、フーガを用いた速く生き生きとした楽章が 続く。その後 1 楽章よりさらに厳然な楽章が奏され、最後は再び速い曲で締めくくられる。この最後 の楽章は 2 番目のものよりさらに軽く流れるような曲で、フーガはあまり用いられない。」「室内ソ ナタは室内で奏されるのにふさわしく、小さな舞曲を集めたものである。プレリュードまたは小さな ソナタ ( ソナティネ ) で始まり、同じ調性の舞曲が次々と演奏される。」

 アルカンジェロ・コレルリは教会ソナタ形式によるトリオソナタ集作品1、作品3において 4 楽章形 式を用いました。作品5では教会ソナタ形式による前半 6 曲に 5 楽章形式を用いていますが、4 楽章形式に速い楽章を挿入した拡張版と言えるでしょう。

バッハのソナタにおけるイタリア様式の影響

 バッハは "クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ " 6 曲のうち、1 番から 5 番 ( BWV 1014 – 1018 ) に緩・急・緩・急の 4 楽章からなる教会ソナタ形式を使っています。第 6 番は他の 5 曲とは違い、室内ソナタ的な構造になっています。コレルリの作品5における 5 楽章形式の教会ソナタを前提に した可能性もあります。

 バッハが先達の作品を写譜し勉強していたことはよく知られていますが、ヴァイマール滞在中の 1713-1714 年頃、イタリアの最新の音楽に触れるチャンスがありました。当時のヴァイマール − ザク セン候 Ernst August I エルンスト・アウグスト1世 ( 1688 – 1748 ) の甥、Johann Ernst IV ヨハン・ エルンスト4世 ( 1696 – 1715 ) は音楽的才能に非常に恵まれており、1713 年夏アムステルダム滞在の 際、最新の出版譜を大量に購入し持ち帰ります。その中に 1711 年に出版された Antonio Vivaldi アン トニオ・ヴィヴァルディ ( 1678 – 1741 ) の協奏曲集 ”調和の霊感” 作品3がありました。ちょうどこの 頃バッハの作風に顕著な変化が現れます。他の作曲家からの編曲のうち 6 曲は、ヴィヴァルディ・作品 3からのものです。

 次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが、1754 年に出版された追悼文の中で触れているの が、父ヨハン・セバスティアンがヴィヴァルディから学んだ „musikalich denken“ ( 音楽的に考える: 音楽的思考 ) という新しいメソードです。バッハはヴィヴァルディの作品3を研究し、そのメソードを 理解、発展させ、伝統的作曲技法の限界を超えた可能性を開拓、18 世紀初頭に急速に発展した作曲法 に大きな貢献を果たしました。ヴィヴァルディが作品3で導入した "Ordnung, Zusammenhang, Verhältnis“ ( 秩序 / 規律、連結、繋がり ) による音楽の組み立ては、簡潔明快さ・その単純さからくる 自然のエレガンスと、知的に計算された複雑さ・多様性からのインテリゲンスという、美学的に両極端 の2つの見地の組み合わせを可能にしました。アイデア / モチーフの組み立ての秩序を認識し、そのア イデア / モチーフの間を連携させ、プロポーションを整え全体を構築していく方法は、それまでの伝統 的な作曲技法になかった可能性を広げます。バッハはこのヴィヴァルディが提示した新しい方法に、伝 統的・厳格な対位法技法、内声部の旋律的な流れ ( これはバッハの通奏低音におけるレアリゼーション に典型的に示されています )、和声の緻密さを加え、これらを機能的、本質的に統括しました。

 ヴィヴァルディが提示した天才的な作曲システムと、それをさらに発展させたバッハの統括的なシス テムはこの後 18 世紀の音楽史に大きな影響を与えていきます。

 バッハはクラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ 6 曲において、トリオソナタの書法による二重奏ソナタの形式をベースに、イタリアの新しい作曲のメソードを取り入れ、リトルネロ形式やコンチェ ルト形式を加えたチクルスを完成させたのでした。

ソナタ 6 番の成立にまつわる経過

 第 6 番にはバッハ本人による 3 つの版が残されています。この 3 つの版に共通して使われているの が、第 1 楽章に置かれているアレグロ ( 初版ではヴィヴァーチェ、第 2 版ではプレスト )、ラルゴ、アダージオの 3 つの楽章です。音楽学者 Hans Eppstein ハンス・エップシュタインは、この 3 つの楽章 は紛失したフルートとヴァイオリンと通奏低音のためのトリオソナタが元となっているのではとの仮定 を提唱しています。音域、音型から、これはフルートとヴァイオリンではなく、2 台のヴァイオリンの ためのトリオソナタだったのではという意見もあります。

初版 : 1725 年までに完成 Vivace Largo Cembalo Solo

Adagio Violino solo è Basso [Vivace ] Repetatur ab initio

初版の Cembalo Solo と violino solo è Basso は、同じ 1725 年に出版されたパルティータロ短調 BWV830 に Corrente 、Tempo di Gavotta としてチェンバロソロ用に書き換えられています。その出版のためか、バッハはこの 2 曲の代わりにヴァイオリンとチェンバロによるカンタービレを入れ、第 2 版としました。

第 2 版 : 1725 年 ( 又は 1728 年 ) 以降

Presto ( 初版の第1楽章と同じ )

Largo Cantabile ma un poco adagio

Adagio

[Presto] ad Initio repetat(ur)

Cantabile ma un poco adagio は結婚カンタータ „Herr Gott, Beherrscher aller Dinge"「主なる神、 万物の支配者よ」BWV120a ( 1729 年 ) のソプラノとヴァイオリンによるアリア "Leit, o Gott, durch deine Liebe" 「神よ、あなたの愛によってお導きください」から器楽ヴァージョンとして引用されま した。ヴァイオリンパートはそのまま、ソプラノのパートはチェンバロの右手が担当します。ちなみに このカンタータには別の版があります。( 1730 年にアウグスブルク信仰告白で使われた版„Gott, man lobet dich in der Stille“ 「神よ、讃美はシオンにて静けく汝に上がり」BWV120b は紛失。1742 年に 市参事会員交代式で再演された版は BWV120 として残っている)

最終版 : 1740 年代 ? Allegro ( 初版の第1楽章と同じ )

Largo Allegro ( Cembalo solo ) Adagio Allegro

最終版でバッハはチェンバロソロを復活、新しく作曲して Cantabile の代わりに付け加えます。最終 楽章のアレグロは 1731 年以前に作曲されたと考えられる結婚カンタータ "Weichet nur, betrübte Schatten“ 「しりぞけ、もの悲しき影」BWV202 のアリア "Phöbus eilt mit schnellen Pferden“「フェーブスは駿馬を駆り」の、通奏低音が担当する駿馬の足音の模倣音型を用いた楽章で す。

(阿部千春)

クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ BWV1014 - 1019

第1番 ロ短調 BWV1014

6曲中で唯一リトルネロ形式を用いておらず、このソナタ集の中で成立が一番古い可能性があります。

1楽章 アダージョ 6/4拍子 ロ短調

独唱アリアの形を取り、オーケストラの前奏のようなチェンバロの3度音型で始まり、ヴァイオリンがその上でアリア的旋律を奏でます。後半はチェンバロとヴァイオリンの掛け合いになり、二重奏曲としての様相となります。ヨハネ受難曲、そしてロ短調ミサの冒頭と同じ調性での、哀愁に満ちたアリア。

2楽章 アレグロ 2/2拍子 ロ短調

三部構成 ( 第6番の1楽章と同じく、ダ・カーポ形式 ) による、3声のフーガ。中間部は長調となり、主題が動機分解され展開。後の時代のソナタ形式を思い起こさせるスケールの大きな楽章です。

3楽章 アンダンテ 4/4拍子 ニ長調

伸びやかなトリオソナタ形式のデュエット。ため息の音型も使われ、メランコリーな情感が漂います。

4楽章 アレグロ 3/4拍子 ロ短調

二部構成の3声によるフーガ。8分音符の反復音型による強い性格の主題、16分音符のなめらかな対旋律がコントラストを成す楽章です。

第2番 イ長調 BWV1015

1楽章 ( 速度表示なし ) 6/8拍子 イ長調

3声による模倣対位法。ヴァイオリンパートにはDolceドルチェと書かれています。牧歌的な穏やかな楽章。

2楽章 アレグロ ( 1725年頃とされる原典、また他の18世紀の写譜にはアレグロ・アッサイと ある )  3/4拍子 イ長調

三部形式によるフーガの技法を用いたリトルネロ形式。中間部に協奏的な効果が用いられている、華やかな楽章です。

3楽章 アンダンテ・ウン・ポーコ ( 1725年頃の原典にはアンダンテ・センプレ ) 4/4拍子  嬰ヘ短調

オスティナートとしての分散和音の伴奏による、2声の厳格なカノン。版によってはStaccato sempreとの記述があるリュートのような伴奏の上に、もの悲しげな旋律がカノンとして展開します。

4楽章 プレスト 4/4拍子 ( 1725年頃の原典、また他の多くの版で2、またはアラ・ブレー ヴェ ) イ長調

3声のフーガによる二部形式の楽章。3楽章とは打って変わり、朗らかな曲想。

第3番 ホ長調 BWV1016

1楽章 アダージョ 4/4拍子 ホ長調

分厚いオーケストラの響きを思い起こさせるチェンバロの5声の伴奏音型に、ヴァイオリンが堂々とアリアを奏でる、スケールの大きな楽章。音楽学者エッピシュタインは、1714年に作曲されたカンタータ " Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen"「泣き、嘆き、憂い、怯え 」BWV 12のシンフォニアとの関連を指摘しています。チェンバロによる伴奏は、このカンタータにおけるヴァイオリンの伴奏音型からの転用と見られます。一種のオスティナートと解釈できます。

2楽章 アレグロ 2/2拍子 ホ長調

1楽章とは一転してラフな感じのフーガの技法を用いたリトルネロ形式。三部からなります。

3楽章 アダージョ・マ・ノン・タント 3/4拍子 嬰ハ短調 

ヴァイオリンとチェンバロの右手によるデュエット。バスの音型は1楽章と同様オスティナートと見ることができます。ここでは4小節に渡るオスティナート音型が階段状に使われています。

4楽章 アレグロ 3/4拍子 ホ長調

オーケストラの響きを想定した、華麗なフィナーレ。リトルネロ形式によるフーガ。協奏曲の様式で、中間部には3連符の旋律と冒頭の16分音符の音型が競い合うがごとく交替で現れます。

第4番 ハ短調 BWV1017

1楽章 ラルゴ ( 1725年頃の原典、また他の18世紀後半の写譜にはシチリアーナとの表示があ る ) 6/8拍子 ハ短調

シチリアーノのスタイルによるヴァイオリン独奏と通奏低音の二部形式。チェンバロによる16分音符の、シチリアーノ風の分散和音は、通奏低音のレアリゼーションの好例です。ヴァイオリンが奏でる旋律内の6度跳躍は、鎮魂歌のような曲に用いられる表現手段の一つで、後半では旋律内の跳躍が大きくなり、さらに強い表現となります。マタイ受難曲のアルトとヴァイオリンソロによるアリア、“Erbarme dich"「わが神よ、憐れみたまえ」を彷彿させる二部形式の楽章です。

2楽章 アレグロ 4/4拍子 ハ短調

3声のリトルネロ形式によるフーガ。テーマに含まれる音程跳躍が3度、5度、8度、10度と広くなり、ダイナミックな効果を生んでいます。

3楽章 アダージョ ( 18世紀後半のコペンハーゲンに保管されている写譜にはアダージョ・ マ・ノン・タント )  3/4拍子 変ホ長調

1楽章と同じく、ヴァイオリンのソロと通奏低音のスタイル。チェンバロの分散和音はここでは8分音符による3連符で書かれています。旋律線にはエコー効果を狙った強弱の指定があります。また、分散和音の3連符に対して、旋律には付点のリズムが現れます。このような場合、同時代の音楽家たちの記述にあるように、緩徐楽章において付点のリズムは書かれてある通りに奏し、リズムを3連符に合わせることはなかったようです。旋律を浮かび出させる手法と言えるでしょう。

4楽章 アレグロ 2/4拍子 ハ短調

二部形式のようなフーガ。2楽章の主題の変形とも取れる、やはり音程跳躍を使った主題を用いています。展開部においては、この主題とは性格の違う16分音符によるなめらかなテーマを用い、コントラストを出しています。

第5番 ヘ短調 BWV1018

1楽章 ( 速度表示なし )  3/2拍子 ヘ短調

18世紀の写譜の中にはラメントと記されているものもあり、哀愁に満ちた楽章です。チェンバロで同じ音型が音域を変えて繰り返され、オルガンによるプレリュード形式のひとつをとっています。モノトーンなチェンバロ音型にヴァイオリンの旋律がそれに分け入るように歌われます。

チェンバロのこの音型は、モテット" Komm, Jesu, komm „ 「来れ、イエス、来れ」BWV229のモチーフと同じもので す。( „die Kraft ver-schwindt je mehr“ 「力がどんどん尽きていく…」という歌詞の箇所 )

2楽章 アレグロ 4/4拍子 ( 1725年頃の原典、また幾つかの他の写譜ではアラ・ブレーヴェ) ヘ短調

2楽章としては珍しく、繰り返し記号のついた反復二部形式をとっています。主題はヘンデルのように単純で直接的、力強く、後半で出てくるもう一つの新しいフーガ主題はそれに対しなめらかな16分音符から成っています。この二重フーガの技法はバッハの作品の中でも特別のものです。

3楽章 アダージョ 4/4拍子 ハ短調

6曲中で唯一、3楽章に他の楽章と同じ短調を用いています。ここでは役割が交代し、ヴァイオリンが通奏低音のレアリゼーションを8分音符で伴奏、チェンバロは流れるような分散和音を奏でます。初版ではこの分散和音は16分音符でしたが、後に32分音符の音型に変更されました。

4楽章 ヴィヴァーチェ 3/8拍子 ヘ短調

リトルネロ形式のフーガ。半音階進行とシンコペーションを用いたジーグと言えます。ラメントの最終楽章に速い舞曲の形式を用いたのは、“Totentanz“「死の舞踏」を意識したのかもしれません。

第6番 ト長調 BWV1019 ( 最終版 )

第3楽章を中心としてシンメトリーな構造となっています。

1楽章 アレグロ ( 初版ではヴィヴァーチェ、第2版ではプレスト 、18世紀後半の写譜にはモ ルト・ アレグロとあるものもある) 4/4拍子 ト長調

イタリアの協奏曲の形式を用いた、華やかで軽快な楽章。リトルネロ形式で、ソロと合奏の交替効果を狙っています。他のソナタとは違って5楽章形式をとるこの6番のソナタで、バッハは冒頭に速い楽章を置きました。初版、第2版ではこの楽章が最終楽章としてもう一度演奏されます。

2楽章 ラルゴ 3/4拍子 ホ短調

すべての版に共通して使われている楽章です。コレルリのトリオソナタの形式を模した、バスの8分音符の音型の上に模倣技法での上2声の掛け合いで始まり、4声部での反復進行と主題の模倣、そしてフリギア終始で3楽章へと続きます。

3楽章 アレグロ 4/4拍子 ホ短調

チェンバロの独奏。2声部で書かれた二部形式。

4楽章 アダージョ 4/4拍子 ロ短調

2楽章のように、コレルリのトリオソナタ形式を思い起こさせる始まりで、フーガ技法、半音階進行、シンコペーションを使ったトリオとなります。

5楽章 アレグロ ( 18世紀の写譜の中にはアレグロ・アッサイとあるものも ) 6/8拍子 ト長調

ジーグとも言える、ギャロップの音型を用いた爽快な三部形式のフーガ。1楽章の性格を引き継ぎ、チクルスの締めくくりとなります。

プロフィール

阿部千春 ( バロックヴァイオリン)

神奈川県出身。塩川庸子氏、尾島綾子氏、前澤均氏、金倉英男氏、村上和邦氏、菊地俊一氏に師事。 武蔵野音楽大学卒業後、ドイツ・シュツットガルト国立音楽大学でスザンネ・ラウテンバッハー氏に師 事。在日中より菊地俊一氏、永田仁氏を通して古楽に関心を持っており、1994年トロッシンゲン 国立音楽大学古楽科に入学、バロックヴァイオリンをジョルジオ・ファヴァ氏に師事。ディプロム終了 後、同大学院にてフランソワ・フェルナンデス、エンリコ・ガッティ、ジョン・ホロウェイ各氏のも とで研鑽を積む。 1999年、ドイツ産業連盟・ドイツ財界文化部主催の”古楽・弦楽器コンクール”にて特別 奨励賞を受賞。大学院修了後、スコラカントルム・バジリエンスィス(バロックヴァイオリン、ヴィオ ラ・ダモーレ)、ケルン国立音楽大学(古楽科室内楽専攻)に在籍。

在学中より、オーケストラ/室内楽奏者、ソリストとして数多くの演奏会、CD、各地放送局の録音に 参加、ヨーロッパ各国に活動範囲を広げる。2000年秋、ミシェル・コルボ氏の来日公演に首席として 参加以来、日本にてリサイタル活動も始める。 現在、ドイツ・ケルンに在住。ヴィオラ・ダモーレ奏者としても活動。コンチェルトケルンでは演奏の 他、資料研究も担当。国内においては2009年から2012年にかけて大井浩明氏とのモーツァルト・ヴァ イオリンソナタ全曲シリーズを完結。2013年にはバッハのヴァイオリン無伴奏全曲演奏会を開 催。2016年12月、横浜・末吉町教会にてビーバー・ロザリオのソナタ全曲を大井浩明氏、蓮見岳人氏 とともに濱田壮久神父の朗読と上演、好評を得る。

公式ブログ : http://chiharu.de/

大井浩明(チェンバロ)

京都市生まれ。スイス連邦政府給費留学生ならびに文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルン芸術大学 (スイス)に留学、同大学院古楽部門コンツェルトディプロマ課程修了。チェンバロと通奏低音をディル ク・ベルナー、イェルク=エヴァルト・デーラー、アリーン・ジルベライシュに師事。 チェンバロ奏者として、NHK-FMや目白バ・ロック音楽祭、日本18世紀学会等でのリサイタル、船山信 子レクチャー・コンサート「18世紀人ラモーの仕事―オペラとクラヴサン作品を中心に」(恵比 寿・日仏会館)、「京の華舞台~伝統芸能への誘い」での金剛永謹(金剛流二十六世宗家)との共演 (京都・金剛能楽堂)、バッハ《クラヴィア練習曲集全4巻》《イギリス組曲(全曲)》《フランス組 曲(全曲)》《インヴェンションとシンフォニア》《トッカータ集(全7曲)》、F.クープラン:オル ドゥル集第1番~第10番(現在までに3公演)、F.クープラン《王宮のコンセール集》(全4曲)、ラ モー《コンセールによるクラヴサン曲集》(全5曲)、17世紀ヴァイオリン音楽作品集(阿部千春/バ ロック・ヴァイオリン)、バッハ:ガンバ・ソナタ集全3曲(頼田麗/ヴィオラ・ダ・ガンバ)、バッ ハ:オーボエ作品集(三宮正満/バロック・オーボエ)、バッハ:トリオソナタ他(フラウト・トラ ヴェルソ/前田りり子、バロック・ヴァイオリン/土倉政伸)、ペダル付モダン・チェンバロによるリ ゲティ《コンティヌウム》《ハンガリアン・ロック》《ハンガリー風パッサカリア》ならびにクセナキ ス《ホアイ》《ナアマ》《コンボイ》《オーファー》の日本初演(白寿ホール)、佐野敏幸《GR S》・川上統《花潜》・伊左治直《機械の島の旅》・三宅榛名《Come back to music》等の委嘱新作 初演等を行っている。

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